青音姫と

十三人の

武士のお話

■お姫様と十三人の武士物語はこうして始まりました

 

昭和の終り頃 、縁あって兵庫県の偉い一人のお坊様が湯布院の、この地を訪れました。 

その偉いお坊様はこの地にてひと時休まれた後、お坊様は仰いました。

 「この土地にはお姫様の霊が居るのお」
 「そのお姫様のお伴の武士達の霊が十三人居るぞ」と主は告げられたのです。  
 突然お坊様から聞かされた話に、主は驚きました。
 そして驚く主を諭すようにお坊様は仰ったのです。
 「これは何かのご縁だから、この地を守っていただけるように、お姫様と十三人の武士達の霊のお供養をしてあげなさい」と

主は告げられました。
主は困惑しながらも、これは有り難い事なのだと思い、お坊様のお話を素直に信じました。

その後、お坊様から経典と水晶の玉を頂き、この地をお守りしていただけるように、主は経典と水晶の玉をこの地に埋めたのです。 
信仰のある主は お坊様の仰る通りに、毎日お水をお供えしお経を唱えて、お姫様と十三人の武士の霊をお供養しました。   

 

それから二十数年後の2016年四月十六日。大分地震が発生しました。

震度6弱の地震で多少の被害はあったものの、 建物の倒壊や人的被害もなく、仏さまやお姫様のおかげを頂いたと感謝しています。  
そして、今もこの土地や人々等を守って頂ける様に、日々お水をお供えし、お経を唱えてお供養させていただいています。
   
お姫様の名前は青音姫。(あおね姫)
青音姫は病にかかり 療養のためにこの湯布院を訪れたようです。
心優しい青音姫は病の身にもかかわらず 湯布院の民達の困りごとを良くし、家臣や民達からとても慕われていたようです。
自分の残された命が短いと知るも、嘆き悲しむ事はなく、人々のために日々懸命に生き抜かれたようです。  
そして最後のその時まで明るく、笑顔で過ごされ、皆に惜しまれながら、この地で短い一生を終えられたようです。

他人を思いやり、人のために徳を積んだ青音姫だったからこそ、悪い地縛霊にならず、この地で主との出会いを

ずっと待っておられたのかもしれません。
数百年の時を経て湯布院のこの地にて、お姫様と十三人の武士達との不思議な出会いに感謝し、こに書き残します。

そして、青音姫のお名前を頂き、この地の名称を「あおねの小径」として後世に残し、

青音姫と十三人の武士をお供養し続けてまいります。             

 

合掌 南無阿弥陀仏 

​青音姫と十三人の武士イメージキャラ

​青音姫と十三人の武士が眠る地

青音姫と十三人の武士が眠る地

この地に眠る青音姫と十三人の武士たち。

そのお姫様が湯布院に来られてどのように過ごされたのか、

なぜこの地で眠っているのか。

歴史を色々と調べましたが、資料館や歴史書等には記述はありません。

そこで昔の物語を創作し、イラスト制作をある絵師の方にお願いしました。

物語は想像かもしれませんが、ひとつの昔の物語として継承していくため、

紙芝居のような形のものを制作しました。

湯布院に伝わる昔話として、語り部をしていきたいと思います。

​画像をクリックして物語のはじまり、はじまり

Unknown Track - Unknown Artist
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© 2017  湯布院 湯の坪街道 あおねの小径 

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青音姫は自分の命が残り少ない事を家臣たちに伝えたのでした

青音姫は、この湯布院の村の困りごとを家臣達に相談しました。しかし家臣たちは、父上の領地でないこの湯布院の事を、どうするかは難しいと言いました。しかし青音姫は、なんとか湯布院の民の暮らしを良くしたい。この素晴らしい山々と自然、温泉、人柄の良い村人たちは、きっと先々国の宝となる。その事をこの国の殿様へお伝えし、お力を頂く事を話したのでした。そして今まで隠していた自分の病気が悪くなっている事、自分の命が残り少ない事を家臣たちに伝えるのでした。家臣たちは皆、驚きましたが元気な姫様を見て誰もが信じられないとの顔をしておりました。青音姫は吐血した話、夢で見たお釈迦さまの話を皆にしました。そして残された自分の命は、この湯布院の民のために使うのだと言いきりました。青音姫の、見た事のない気迫に家臣達は理解し、共に尽力する事を誓い合うのでした。